さぁっと吹く風の中に、潮の香りが混ざる。港町特有の騒がしさや人通りの多さも、太陽が沈み始める夕暮れ時になると徐々に減っていく。
窓から、海に浮かぶウキのような太陽が見える。昼間の厳しい光は一転して、橙色のやさしい光になっていた。
「ばいばい。また、明日」
 そう呟いて、小さく太陽に手を振った。それに答えるようにして、太陽は海の向こうへ沈んでいく。
 太陽が沈むと同時に、りーん、りーん、という透き通った音が、窓の外から聞こえた。
 私は体を半分乗り出して、下方に流れる川を見下ろす。
そこには小さな船が一つ停まっていて、船上では少年が初老の女性の手を取って船へと導いていた。
「ふふ……今日も来てる」
自然と頬が緩む。
 彼は毎日やってくる、この町の船渡しだ。毎日定期的に、所々にある船乗り場を転々としている。
 近くで見たことも、話をしたこともなかったけど、私は彼の事が好きだった。
 まるで夜を私の所に運んできてくれるような、不思議な彼。船の先には、小さな風鈴がつけられていた。風鈴は風が吹くたび、りーん、りーん、と澄んだ音を鳴らす。
 音は、徐々に遠くなっていく。彼を呼び止めたい衝動に駆られた。
でも、私にそれはできない。沈んでいく太陽を止めることができないように、届け物の終わった彼を止める事は私にはできない。
だから私は、私にできる最高の笑顔で、彼を見送った。
「ばいばい。また、明日」
船は水しぶきをあげ、離れていく。彼の姿が曲がり角を曲がった時、私も窓を閉めた。

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