その昔、まだ空に色がなかった頃。あるところに、色を自由にできるカウラという妖精が暮らしていた。

カウラは、植物や動物から色を取り出し、別の物に色を付けて人間をからかうという遊びを長い間繰り返してきた。

そんなある日、カウラがいつも通りふわふわと空を浮かんでいると、人里で一人の老婆が杖を付いて歩いているのが見えた。

カウラはその老婆に悪戯をしてやろうと考え、老婆の先回りをして、川の色を黄色にしたり、木の色を紫にしたりさまざまな色をつけた。

しかし、老婆は特にそれを驚くことも無く、ただただ道を歩いていった。カウラはその老婆に怒って、老婆の前に立ちふさがる。すると、老婆の足がピタッと止まった。

「誰かいるのかい?」

老婆がそう問うと、カウラは不思議に思って老婆に話しかけた。

「どうして私が色を取り替えたのに、驚かないの?」

「色を取り替えた? ごめんなさいね、私は目が見えないの」

「目が見えない? じゃあ、色も分からないの?」

カウラがそう問うと、老婆は申し訳なさそうに頷いた。

「そう、色もわからないの。だから、あなたがしたことも私には見えないのよ」

カウラはそんなのつまらない、と思った。折角悪戯しようと思ったのに、目が見えないんじゃ意味がない。

カウラは老婆の閉じたまぶたに小さな手を当てると、老婆の両目に色をあげた。

「これなら見えるよ」

カウラがそう言うと、老婆が不思議そうな顔をした。

「目を開けてみて」

老婆がゆっくりと目を開けると、カウラの顔をじっくり眺めて、自分の両手や周りの景色をきょろきょろと見比べた。

「まぁ、目が見えるわ!」

老婆は嬉しそうに笑うと、カウラに何度も感謝した。

それからというもの、カウラは毎日老婆にいろいろな色を持っていっては見せてあげた。カウラがその色の名前を教えてあげると、老婆はそのたび本当に嬉しそうに笑った。そして、カウラが帰る時に「ありがとうね、カウラちゃん」と礼を言うのだった。

カウラは何故だか老婆に礼を言われるたびに嬉しくなって、また次の日も、そしてまた次の日も老婆の家に足を運んだ。

老婆と初めて会った日から一年程経った。カウラはいつも通り、色を持って老婆の家に向かった。今日の色は、カウラのお気に入りのマゼンタブルーだ。きっと、老婆も気に入ってくれるに違いない。

カウラが老婆の家につくと、老婆が縁側で横になっていた。

「もう朝だよ、起きて」

カウラがそう言って老婆を揺すると、老婆が辛そうにと目を開けた。

「あぁ、カウラちゃん。おはよう」

「どうしたの? 具合が悪いの?」

「何でもないの。それより、今日はどんな色を持ってきてくれたの?」

「うん、今日はこれ! 私のお気に入りなの」

カウラが自分の手の中のマゼンタブルーを見せると、老婆は少し笑って「綺麗な色ね」とつぶやいた。

カウラも嬉しそうに笑うと、「見ていてね」と言って空高くまで飛び上がった。そうして手の中のマゼンタブルーを空に溶かすと、空はたちまち綺麗な青色に染まっていった。

「ほら、綺麗でしょ?」

カウラは空からゆっくり降りてきて、そう言って老婆に話しかけるが、老婆は目を閉じたまま眠っていた。

「どうしたの? 眠いの?」

 カウラがそう言って揺すったが、老婆は何も応えなかった。だからカウラも寝かせてあげようと思って、その日は家に帰っていった。

次の日も、カウラは老婆の家に色を持っていった。でも、いくら呼びかけても老婆は家から出てこなかった。だから、その日持ってきた白い色で空を少し擦ると、雲が白く染まった。

そしてまた次の日もカウラが老婆の家に行くと、やっぱり返事が無かった。だから老婆が起きてくるまで待っていようと縁側に座っていたが、どれだけ待っても出てこない。しかたなく、手に持っていた黒を空に落とすと、空が黒く染まって『夜』になった。

そうして何度も老婆の家に行っては色を塗ってと繰り返していると、ある日老婆の家でたくさんの人が黒い服を着て泣いていた。カウラは、どうしたんだろうと思って、その日も遅くまで待っていた。けれど結局カウラは老婆に会うことがなく、いつの間にか老婆の家も無くなってしまった。

こうしたことがあって、カウラが遊んだ色のなかった空には、たくさんの色が付いたんだという。



学校の心理学の課題で、『御伽噺を作ろう』という課題に提出したものです。
子供に読み聞かせる絵本みたいな感じで語ってありますが、本当は『大人が読む絵本』をコンセプトに書きました。
ちなみに、初期設定ではカウラの名前は彩でしたが、安直すぎたので……。
初期の構想から大体の形は出来てたんですが、書いてる途中でいろいろ設定とか展開が増えましたね。
ちょっと切ない感じですねー。
書いてる本人も、感情移入しちゃってちょっと切ないんですが。
基本的に絵本とか御伽噺って好きなので、これからも書いてみたいなと思います。


戻る