「……お」
学校帰り、ちょっとした買い物で寄った商店街。
右手にスーパーのビニール袋と通学鞄を持ったまま、私は立ち止まる。
「どうかしました?」
八重ちゃんも立ち止まって、私の視線の先を見た。
「コンタクト……ですか?」
ショーウィンドウに貼られたチラシに、コンタクトレンズの写真が載っている。
『コンタクトレンズ、一ヶ月間無料お試し期間』という強調された文字が目に入ったからだ。
「まきちー、一ヶ月無料じゃて。使ってみたら?」
「うーん……」
どうしよう。確かにコンタクトには興味はあるが、いざ目の前にチャンスがくると捩ってしまう。
「ほらほら、タダじゃし、試してみるだけでもええかもしれんよ?」
私の背中を、多汰美がぐいぐいと押してくる。あぁ、さりげなく八重ちゃんまで……
カランカラン
喫茶店に入るような音がして、扉が開いた。ちょっと前に眼鏡の度合わせに来た店だ。
奥からお姉さんがいらっしゃいませと言いながら走ってきて、レジに立った。
「あら、この間の。また度が合わなくなりました?」
「いえ、そういうんやないんです」
私は、内側に向かっても貼られていたチラシを指差して言った。
「コンタクトレンズ、試してみたいんですけど」


「お邪魔しまーす」
玄関からにわの声がする。明日から3連休に入るので、ここに泊まるらしい。
玄関へは、おばさんが迎えに出た。
だんだんと、にわとおばさんの話し声が近づいてくる。にわ、どんな反応するやろか……。
「なっなせー…………」
元気よく入ってきたにわの声が、段々と小さくなって消えた。
一拍の間を空けて、にわ我に帰って言った台詞
「……あんた誰?」
そうきたか……。
「にわ、さすがにあんた誰は失礼やろ……」
「ってその声、まさか真紀子!?」
にわがズザザ、と大げさに後退する。
ビックリするのも無理はないかもしれない。
今の私の格好は、多汰美から借りた白のセーターに、黒のロングスカート。私の普段着はボーイッシュな感じの物が多いせいか、少しこそばゆい。
あげく、髪をまとめて後ろでブローチで止めてある。そして、眼鏡を外してコンタクトレンズとなれば、最早全く別人だ。
「どうですか?にわちゃんを驚かせようと思って、真紀子さんには大変身してもらいましたっ!」
「結構苦労したんじゃよ?おばさんも手伝ってくれて、いろいろ試したんじゃよ」
あぁ、あれはまるで着せ替え人形になった気分だった。某番組の『亭主改造計画』よろしく、周りは楽しんでいろいろ着せてくるが、当の私にはその気がないのだから困る。できることなら2度目がないよう祈りたい。
「私は嫌やて言ったんやけど……」
「でも真紀子さん、可愛いですよ」
「うん。にわちゃんもそう思うじゃろ?」
多汰美がにわに話を振ると、ちょっと困ったような顔をした後、険しい顔になって言った。
「な……なかなか、いいんじゃない……?」
待て。
なんやこの反応。なんでにわ、そんなに悔しそうな顔してんねや!?
「あー、もうヤメや!」
何だか居心地が悪くなって、髪を解いた。
「あ、ダメですよ!」
「ダメじゃよまきちー!」
が、八重ちゃんと多汰美に羽交い絞めにされる。
「嫌やー!こんな見世物みたいなの嫌やー!」
バタバタと暴れるが、2人は放してくれない。
今度はにわが覗き込んできて、感嘆の声を上げた。
「はー、やっぱ髪下ろすと真紀子ねぇ」
自分で自分の顔が赤くなってるのがわかる。可愛いといわれることは嬉しいが、今までそんなこと言われたことがなかったせいで、どこか居心地が悪かった。


「あれ、まきちー、コンタクトどうしたん?」
自室で眼鏡を付け直してもどって来ると、それに気づいた多汰美が問い掛けてきた。
「コンタクトはヤメ。やっぱ私は眼鏡にするわ」
八重ちゃんと多汰美が「えー」と不満の声を挙げる反面、にわは何度も頷いていた。
「やっぱり真紀子は、眼鏡かけたガリ勉っぽいほうが似合ってるわよ」
「そんなこと言うんはこの口かぁ〜?」
にわの両方のほっぺたをつまんで引っ張ると、面白いくらいに伸びる。
「ひらららら〜!(痛たたた〜!)」
少し楽しんだあと、振り返って2人に言った。
「やっぱ、私は眼鏡かけてたほうが私らしいわ」
2人は「みたいだね」と言って苦笑したあと、隠すように携帯をポケットに仕舞った。
──まさか
「ちょっと八重ちゃん、多汰美、今仕舞った携帯出し」
「ふぇ!?な、なんでですか!?」
「私らまきちーなんて撮っとらんよ!?」
「ほほーぅ、私を撮っとったんか」
「多汰美さーん!」
2人から携帯電話を奪うと、イメージファイルにあった私の赤面した写真を選択して、消去ボタンを押した。


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